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2000年12 月22日 (金曜日)

【映画評】ゴジラ×メガギラス G消滅作戦 (2000)

怪獣王ゴジラと新怪獣メガギラス、そして人類との三つ巴の死闘が今、幕を開けた。

【満足度:★★★☆】

 1954年、戦後復興を歩み始めた日本の首都・東京は大怪獣ゴジラの襲来を受けた。このとき日本の首都は壊滅した東京から大阪に遷都。
 1966年、ゴジラはふたたび上陸し、茨城県東海村で操業を始めた日本初の原子力発電所を襲う。これにより日本は原子力発電を断念。
 1996年、日本は夢のクリーンエネルギー・プラズマ発電に成功したが、発電所の中性子漏洩事故により、みたびゴジラの上陸を許す。このとき果敢にゴジラに挑んだ自衛隊特殊部隊の隊員・辻森桐子(田中美里)は自らの判断ミスにより、尊敬する隊長・宮川卓也(永島敏行)を殉死させてしまう。
 そして、東京にリニアモーターカーが走る2001年、打倒ゴジラに執念を燃やす桐子はゴジラ対策のスペシャリスト集団・Gグラスパーの隊長になっていた。桐子はマイクロマシン開発にかけては世界的技術を持つ発明家・工藤元(谷原章介)に究極兵器ブラックホール砲の開発に携わるように要請。その開発責任者は工藤の大学院時代の恩師・吉沢佳乃(星由里子)。佳乃もまた1996年のゴジラ襲来の際にプラズマ発電の開発に携わっていた多くの教え子たちを失っていたのだった。工藤の協力も得、ついにブラックホール砲“ディメンション・タイド”の開発に成功する。しかしその実験の最中、太古の巨大昆虫・メガニューラが時空のゆがみから現代にまぎれ込んでいたことに誰も気づいていなかった。偶然メガニューラの卵を見つけた昆虫好きの小学生・早坂淳(鈴木博之)を除いては…。

 という導入部でわかるように、ゴジラ映画としては世界観を一新して再出発をはかった新シリーズ。しかも現実の現代を舞台としていない“空想科学映画”となっている。

 とりあえず褒めとく。
 最近のゴジラ映画の中ではかなりおもしろく仕上がっている。「ゴジラ映画としては」という条件付きではあるが、こと人間ドラマとしては出色の出来といっていい。今回が初監督である手塚昌明監督は今後が楽しみな逸材だろう。
 単なる怪獣対決映画ではなく最後の最後までゴジラ対人類という構図を維持しており、なによりよくやったと思えるのは、これが一本の作品として完結している点。冒頭が1954年の第一作を下敷きにしていながら、あえて新撮した(合成含む)あたりからもその意気込みが感じられて、わくわくさせられる導入部だった。
 そしてそのテンションは終始裏切られることなく、ラストまで引っ張られる。この監督は怪獣映画を観にくる観客が何を観たがっているのかわかっている監督だと思う。というより、監督自身が観たかった怪獣映画をそのまま形にした結果か。

 怪獣映画とはいわゆるSF映画とは違うジャンルのはずなのだ。子供だましといわれてもいい、マンガチックな設定や描写も肯定されるべきジャンルだと思う。“空想科学映画”という表現が使われているのも共感する。
 この作品内でのその最たるものがブラックホール砲“ディメンション・タイド”で、はっきり言ってこれを科学考証してしまうと致命的な欠陥となることは素人にもわかる。直径2メートルとはいえブラックホールの影響がこの作品中で描かれる程度であるはずがなく、人工衛星から地上に放たれたブラックホールは地上に留まらず、周りのものをすべて飲み込みながら地球を突っ切るだろう。さらにいえば、そのブラックホールを放つディメンション・タイドそのものがブラックホールを放つより前に自己崩壊してしまうはずだ。なんでも飲み込むブラックホールを入れておく入れ物など存在し得ないのだ。
 しかし、そんなブラックホールを“おもちゃ”にして楽しめるのが空想科学の醍醐味といえる。本格的SFではない、現代のおとぎ話としての怪獣映画の本質はそういうところにあるのだ。
 そしてこの作品ではそれを充分に踏まえ、思いっきり観客を楽しませてくれる。旧平成ゴジラシリーズが本格的SFの要素を織り込もうとして失敗した反省が活きているのだろう。ネタバレになるのでここでは触れないが、随所に画(え)で見せる空想科学映画の面白さが詰まっている。肩の力を抜いて楽しんで欲しい。

 賢明な読者ならすでにお気づきであろうが、筆者個人はこういう作品は大好きである。普段見ることのできない画(え)を観ることができるのは、SF映画に留まらず映画という表現媒体そのものの醍醐味でもあるのだから。
 で、褒めるのはこの程度にしておいて、ここからは筆者の本領発揮(本性露呈!?)の批判もしていこう。愛ゆえの不平不満とご了承願いたい。

 まず見なかったことにできないのが、谷原章介さん。主演男優なんだからもうちょっと演技力をつけてもらわないと…(苦笑)。普通だとNGになりそうなシーンがそのまま使われているのは、手塚昌明監督の未熟さゆえか、あるいは初監督のために遠慮してしまったか、はたまたどうにも手をつけられなかったのか。えらそうなこといって申しわけありませんが、谷原さんが登場すると腰砕けとなってしまいます。充分かっこよいんだけどね。

 次に、メガニューラの生態をセリフで説明し過ぎ。化石が見つかっているだけの太古の生物の生態をそこまで懇切丁寧にセリフで説明されるのは興醒めですよ。

 しかしそれら以上に気になったのは、先に人間ドラマとしては出色の出来と書いたが、どうにもそれがうわべだけに見えてしまう脚本。
 確かに打倒ゴジラに執念を燃やす桐子は徹底されているんだが、もう一人の主役のはずの工藤はなくてもいいキャラクターに感じるほど存在感が薄い。これは谷原さんの演技のせいではない、明らかに脚本的な甘さ。観終わったあと彼が何をやったか思い出してみて、取って付けたようなエピソードばかり。ちゃんと脚本を煮詰めるとほんとにいらないキャラだと思う。
 逆にもっと掘り下げるべきキーパーソンが小学生・早坂淳くん。この程度の扱いで終わらせてしまっていいの?
 全体としてよく計算された、そこそこ緻密な脚本だとは思うんだけど、仏像作って魂入れずって印象がぬぐえない。

 脚本の印象とも関連するが、そもそもゴジラ映画としてこれでいいのか?
 桐子の宿敵としてのゴジラの位置付けははっきりしているが、人類にとってはなんだったのかが曖昧にされてしまっている。
 作品のいたるところで核開発批判、科学批判のキーワードが出てくるわりには、結局この作品世界でもっとも危険な科学の象徴たるディメンション・タイドに頼ってのハッピーエンドでは、今回の主たるテーマではないにせよ、そういったメッセージがしょせん小道具としていいように利用されただけで、これもまたこの脚本がうわべだけのものだと露呈させている。

 1954年の第一作と比べるとわかりやすいのだが、ゴジラは核兵器の象徴とされているが実はこのときゴジラも被害者である。
 現代まで生き延び、細々と海底で暮らしていた恐竜の生き残りが、終わることのない核実験によって放射能を浴び、棲みかを追われ、日本に上陸したというのがゴジラの基本設定だった。そしてこのゴジラが罪もない人々を恐怖のどん底をに陥れることが間接的に核兵器の被害を象徴していたのであり、核開発に対する自然の逆襲とも捉えられた。
 またこのときゴジラを倒した武器が有名なオキシジェン・デストロイヤーであり、その開発者である芹沢博士(平田昭彦)はこれがいずれ兵器となることを予測し、さらに仮に設計図を焼失させても自分が生きているかぎりこの画期的な新発明が悪用されることは避けられないとして自ら命を断つという徹底ぶりだった。

 時代背景が違うのだからこれをこのまま踏襲することは無理にせよ、もう少し考えて欲しい。旧平成ゴジラシリーズにおいてその後半で、ゴジラと人類との共存を模索したのは、作品自体は駄作だったとしても、現代のゴジラの有りようの一つの答えとして肯定してもいいだろう。
 そういう意味において今回のゴジラはうわべこそそういった要素をなぞってはいるが、結局なんら方向性を見いだせていないのだ。それどころか巨大な敵を倒すためにより巨大な力を肯定するという、いうなれば核抑止力の肯定のような、本来ゴジラ映画にふさわしくない落とし所を選んでしまっているのではないか。
 さらにうがった見方をすれば、今回の世界観では核開発するためにゴジラがじゃまなんだという本末転倒な設定ともいえる。もちろんそれなりの展開して、じゃまをするゴジラの存在が肯定されるならこういう初期設定でもいいのだが、そうはならない。
 話が飛躍し過ぎと思われるかもしれないが、どうもこの結末にはアメリカ版『GODZILLA』(1998年トライスター作品)がアメリカ万歳映画になってしまったのと同じような違和感を感じてしまうのだ。

 きっと作られるであろう次回作(旧平成vsシリーズに対して新平成Xシリーズとするのだろう)ではもっと内容的にも満足いくものにしていただきたい。今回は少なくともうわべだけは近年稀に見る快作ゴジラが誕生したのだから。
 あと、谷原さん、影ながら応援してますんで頑張ってね。

作品データ - Film Data

  • 【キャスト】田中美里/谷原章介/勝村政信/池内万作/鈴木博之/山口馬木也/山下徹大/永島敏行/中村嘉葎雄/かとうかずこ/極楽とんぼ/伊武雅刀/星由里子
  • 【監督】手塚昌明
  • 【製作】富山省吾
  • 【脚本】柏原寛司/三村渉
  • 【撮影】岸本正広
  • 【美術】瀬下幸治
  • 【録音】斉藤禎一
  • 【照明】斉藤薫
  • 【編集】普嶋信一
  • 【キャスティング】田中忠雄
  • 【助監督】宮村敏正
  • 【製作担当者】金澤清美
  • 【音楽】大島ミチル
  • 【ゴジラテーマ曲】伊福部昭
  • 《特殊技術》鈴木健二
  • 【撮影】江口憲一
  • 【特美】高橋勲
  • 【照明】川辺隆之
  • 【造形】若狭新一
  • 【操演】鳴海聡
  • 【助監督】菊地雄一
  • 【製作進行】川田尚広
  • 《視覚効果》
  • 【プロデュース】小川利弘
  • 【ビジュアルエフェクトスパーバイザー】岸本義幸/大屋哲男/小野寺浩
  • 【サントラ盤】ビクターエンタテイメント
  • 【製作】東宝映画
  • 【配給】東宝
  • 【日本公開】2000年
  • 【製作年】2000年
  • 【製作国】日本
  • 【上映時間】105分

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