【映画評】世界の中心で、愛をさけぶ (2004)
大ベストセラー小説を映画化した泣かせる純愛物語。
一本のカセットテープを手に台風が迫る四国へ旅立つ律子(柴咲コウ)。彼女を追って故郷である四国に帰った婚約者の朔太郎(大沢たかお)の脳裏に、高校時代の辛い思い出が蘇る…。
最初に断っておくと、筆者はとんでもなく売れているらしい原作を読んでいない。
ゆえにストーリー的にも初見として観れたわけだが、巷で言われているほど泣けなかった。というか、映画自体にほとんどのめり込めなかった。はっきり言って眠い映画。
物語の構成としては、現代と、朔太郎が高校生だった1986年とを行き来する凝った作り。
しかし、現代部分はただ朔太郎が数々の過去の思い出の場所へとふらふらさ迷っているだけで感情的な起伏に欠き、冒頭と結びの部分だけで必要充分という気がしてならない。
やはり主軸になるのは、高校時代の朔太郎・サク(森山未來)と恋人・アキ(長澤まさみ)の純愛物語。実質的な主人公はこの二人だ。
筆者は1969年生まれで広島県出身。主人公たちの年齢設定とまさに同い年で、瀬戸内海の景色も幼少の頃からよく知っている。劇中の、1986年という明確な時代設定を反映した小道具や挿入歌の佐野元春や渡辺美里のヒット曲、さらには懐かしい瀬戸内の景色と、筆者のツボにはまりそうなパーツはたくさんある。にかかわらず、どうにも刺さってこない。
感情移入ができなかった一番の元凶として、脚本に御都合主義な展開が多過ぎ。冒頭の朔太郎が、失踪した律子が四国に居ることを知ったくだりからして、笑っちゃうほどの偶然。断片的な思い出のエピソードを、映画の時間軸に合わせて一本に繋ぎ止めるために要所要所が偶然に頼った展開で、その都度シラケた。
原作のある作品なので、いたしかたのない部分もあるのだろうが、それにしても脚本の練りようが足りないんじゃないか。森山未來や長澤まさみの芝居は悪くないだけに惜しまれる。
脚本的にはほとんど全否定的な感想なのだが、唯一、ただ一点、感情的な盛り上がりを感じたのは、クライマックスでの律子のエピソード。
映画全体でいったら、脇役でしかない役回りのはずなのだが、早い話、彼女の行動だけが偶然に頼らない、感情的に合点のいく行動だったのだ。
また、少ない登場シーン数にもかかわらず、頭髪を剃ってまでアキの役に挑んだ長澤まさみに負けない存在感を示していたことは、ひとえに柴咲コウの演技力のなせる業。コウちゃん、やっぱあんたはすごいよ。
筆者にとってはかったるくて眠い作品だったが、ツボにはまれば大泣きしてしまう作品だと頭では理解できる。
サクとアキの悲恋は、凝った構成で誤魔化してはいるが古典的ともいえるほど王道をゆく悲劇で、個々のエピソードにも泣かせのエッセンスがたっぷり仕込んである。ただ、筆者としては、あざとさが鼻につきすぎた。そして小説の原作はともかく、オーソドックスな悲劇を観る映画としては長過ぎた。
この二人、そして現代の朔太郎だけで終始する映画だったら最低レベルの印象だったが、律子、そして柴咲コウにだけは、エピソード的にも、芝居的にもカウンターパンチを食らった。
作品データ - Film Data
- 【キャスト】大沢たかお/柴咲コウ/長澤まさみ/森山未來/山崎努/宮藤官九郎/津田寛治/高橋一生/菅野莉央/杉本哲太/天海祐希/木内みどり/森田芳光/田中美里/渡辺美里
- 【監督】行定勲
- 【製作】本間英行
- 【製作統括】島谷能成/近藤邦勝/安永善郎/亀井修/細野善朗/伊東雄三
- 【プロデューサー】市川南/春名慶
- 【協力プロデューサー】濱名一哉
- 【原作】片山恭一
- 【脚本】坂元祐二/伊藤ちひろ/行定勲
- 【撮影】篠田昇
- 【美術】山口修
- 【録音】伊藤裕規
- 【照明】中村裕樹
- 【編集】今井剛
- 【キャスティング】田中忠雄
- 【助監督】蔵方政俊
- 【製作担当者】前田光治
- 【音楽】めいなCo.
- 【主題歌】「瞳を閉じて」 [唄]平井堅 [作詞/作曲]平井堅 [プロデュース/アレンジ]亀田誠治
- 【製作】『世界の中心で、愛をさけぶ』製作委員会
- 【日本公開】2004年
- 【製作年】2004年
- 【製作国】日本
- 【上映時間】138分

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