【映画評】時をかける少女 (2006)
何度も映像化された名作をアニメーション作品として現代的に焼き直して生まれた青春映画の金字塔。
紺野真琴(声:仲里依紗)は、ちょっとおっちょこちょいだけども脳天気な高校二年生の女の子。放課後には親友の間宮千昭(声:石田卓也)、津田功介(声:板倉光隆)とともに野球遊びに興じる毎日。
夏休みが近づいてきたある日、真琴はあることをきっかけにタイムリープ能力(時間跳躍能力)を身に付ける。食べ損ねたプリンを食べに戻ったり、小テストでいい点を取ったりと、くだらないことのためにタイムリープして面白がっていた真琴だが…。
監督はアニメ業界では知る人ぞ知る細田守。
原作は筒井康隆の同名SF小説。すでに幾度も映像化されているが、今回の再映画化は、初のアニメーション。舞台を現代の東京に移し、主役の少女も原作の芳山和子から紺野真琴に世代交代させてのオリジナルストーリー。
昭和44年(1969年)生まれの筆者にとって『時をかける少女』といえば、時のアイドル・原田知世が尾道を舞台に時をかけた大林宣彦監督による映画版『時をかける少女』(1983年)をまず思い浮かべるが、昭和42年(1967年)生まれの細田監督も大林版の洗礼を受けたのはまず間違いないだろう。
いやあ、凄い。
最初『時をかける少女』が再映画化されると知ったとき、正直「なんで今さら」と思った。しかし今にして思えば、すでに何度も映像化され、古典と呼んでも差し支えないこの題材に挑んだ細田監督には、再映画化、アニメーション化への絶対的な自信、勝算があったのではないか。よく練られた脚本と、青春の躍動感に溢れ、それでいて情緒豊かな演出で観客を爽やかな感動へいざなう珠玉の名作、まさに傑作。
こんな素敵な映画に出会えた喜びをどう表現していいのやら。
この細田版『時をかける少女』には筆者が青春映画に期待するすべてが詰まっている。無邪気さ、純粋さ、甘酸っぱさ、ほろ苦さ。現代を舞台にした青春映画として、リアルだけども下世話ではない今どきの若者の描き方に作り手の良心を感じる。
ここに描かれたどこまでもプラトニックな恋愛観には青臭さを感じる向きもあろう。しかし筆者の好み的には大満足の大正解。これが大人の話ならもっと毒があった方がいいとも思うが、こういうピュアな青春映画には苦味くらいが心地いい。
もうとうの昔に青春時代を過ぎた者にとって青春映画といえば、いやが上にも懐かしさをかき立てられるものだが、観終わった後にはちゃんと未来に目が向く、前向きにさせてくれるのもいい。失った時を懐かしむだけじゃない、忘れていた想いを取り返して劇場を出られる、そんなまっとうな意味でのノスタルジーに満ちた映画。素直に観て良かったと言える、人にも自信を持って薦められる、相当に水準の高い良作だ。
まず、現代の息吹を感じるリアルな若者像と、そこから垣間見られるどの世代にも通じる青春の一コマ一コマを丁寧に紡いだ奥寺佐渡子の脚本がいい。
原作の持ち味を活かしつつ、まったく新しい“時をかける少女”を創るにあたっての基本アイデアは細田監督のものと思われるが、主題を明確に浮かび上がらせるために徹頭徹尾無駄を削ぐという、脚本を書く上で当たり前の作り込みがじっくりとなされている。
この作り込みはSF作品としての肝であるはずのタイムリープのSF的解釈が破綻するところにまで至っており、そんな観点から粗を探せば、おかしなところ、よくわからないところが少なくない。それではその破綻が作品の欠点になっているかというと、そうでないのがこの脚本の巧さで、一言で言えば“上手に嘘をついた”脚本だ。
逆に一貫して破綻させていないのが主人公・真琴の心の機微。不安、無邪気、動揺、嫉妬、恋心、悲痛、後悔、衝動。多感な思春期の少女のそういった心の動きは、展開優先のご都合主義ではない自然な流れ。だからこそ観客は真琴と喜怒哀楽を共有でき、感情移入できる。
実はよく見ると、クライマックスに向かうにつれSF的なほころびが目立つのだが、それ以上に真琴の感情の起伏が激しさを増し、観客の目はそんなほころびに向かわない。これぞ映像マジック。
SF的なことに限らず劇中で説明されていないことも多い。しかしそれがこの映画を難解なもの、作家の独りよがりにさせていないさじ加減も素晴らしく、その解釈は観る者に委ねられ、想像力を刺激し、映画の余韻となって感動が尾を引く。
初見こそ予想を超えた展開に驚かされるが、この映画の持つ一筋縄ではいかない深い味わいは、鑑賞二回目以降にこそグッとくると言っておこう。
また、この脚本で特筆しておかなければいけないのは、これが原典を尊重した“紛れもない『時をかける少女』”だということ。原作もの、リメイクものの脚本という観点でも極上の出来なのが嬉しい。
主人公の少女に男友達二人、家族構成、理科実験室など、多くの設定でオリジナルの『時をかける少女』を踏襲しているが、そこで繰り広げられる物語は新たに創作された独自のストーリー。元を知らない観客はもちろん、すでに知っていても新鮮な感覚で楽しめるようになっている。
その上で魔女おばさん(声:原沙知絵)の本名が原作での主人公・芳山和子で、彼女の部屋の片隅にはさりげなくラベンダーが置いてあったりと、原作や以前の映像作品を知った上で観る者にはニヤリとさせられる場面も少なくない。このアニメ版が初見の人が過去の作品を観れば新たな発見があるという、リメイク作品ならではの楽しみ方もできるだろう。
この秀逸な脚本を最大限に活かし切った細田監督の的確な演出も非の打ち所がない。
凡人とは見ているところが違うと言わんばかりの見せ場の数々は、無駄のない脚本と相まってワンシーンワンシーンが目に焼き付く。真琴の仕草や表情は言うに及ばず、鐘を打ち鳴らす小びとさん、地面を転がる靴、水面を跳ねる石、道路標識、川辺の夕景、そして入道雲。なにげないものが明確な意図を持って描かれた、まさに映像演出。映像に関わる者としては、この才能が妬ましくもある。
こと終盤に入ってからの展開は、静と動を巧みに描き分けたいずれ劣らぬ屈指の名シーンの連続で、思い出すだけで目頭を熱くさせられる。
近ごろのCG技術の向上に伴ってどんなビジュアルでも実写として映像化できるようになり、往年の名作アニメ群が次々と実写映画化されているのは周知の通り。さらにこの流れが進むとアニメーションって必要なくなるのかも、とさえ思えるほどだ。しかしこのアニメ版『時をかける少女』は、そんな時流にも揺らぐことのないアニメーションの優位性を我々に突きつける。
そもそも細田監督が、何度も実写化されているこの題材をあえて選んだことも、アニメーション監督としての彼自身の挑戦であると同時に、アニメーション作品の安易な実写化に対するアンチテーゼではないのか。アニメーションの独壇場だった分野を実写が取り込もうとするこの時代に、実写が得意とした分野へアニメーションで切り込み、凌駕してみせたこと。その意味は想像以上に重い。
実写化不可能な被写体など無くなりつつある今、アニメーションを必要としているのは、アニメでないと映像化できない素材ではなく、アニメでないと実現できない映像表現なんだと、この素材を丁寧に料理してみせた細田演出は物語っている。と同時に、驚愕に値するその完成度は、逆説的にアニメ的表現に満ちた名作アニメを実写化するには相応の覚悟が必要であることをも知らしめる。
このアニメ版『時をかける少女』は、次世代を担うアニメ作家たちの一つの指標となるばかりでなく、実写の世界に生きるスタッフたちこそが危機感を持たなくてはならないアニメーションからの果たし状なのだ。
諸手を挙げて賞賛しているこの細田版『時をかける少女』だが、欠点もある。
それは「過ぎゆく今という時の大切さ」というテーマの具体化にあたって、徹底して「今」の高校生にこだわって描写したことで、それはすなわち、この傑作もいずれは古めかしい過去の作品になってしまうことが容易に予想できてしまうことだ。
今どきの高校生らしい言葉遣い、服装、小道具、カラオケボックス、携帯電話でメールといった風俗・文化はやがて過去のものとなる宿命を負っている。それらはおそらく数年もすれば様変わりしているはずだ。
しかしその現実に悲観する必要はないのだろう。大林版『時をかける少女』から四半世紀、この細田版『時をかける少女』の登場で、かつてSF青春映画の金字塔とも呼ばれた大林版『時をかける少女』は、その洗礼を受けた新時代の監督によって名実ともに過去のものとなった。そして、それがいつになるかはわからないが、青春アニメ映画の金字塔、この細田版『時をかける少女』を超える“時をかける少女”はきっと現れる。
大林監督は、この物語は時代を超えて語り継がれるとの認識のもとに「いつかわからない懐かしい風景」の中に時をかける少女・和子を描いた。振り返ればこの時代設定の巧みさ故に、何度もリメイクされながら、なかなか大林版を超える『時をかける少女』が登場しなかったとも言える。
細田監督は、やはりこれは時代を超えて語り継がれる物語だとの認識のもと、「今の風景」の中に時をかける少女・真琴を描いた。裏を返せば、細田監督は「今」に少女の居場所を見つけたと同時に、いつか来る「未来」に次なる少女の居場所を残したとも言えるのだ。
さては、今、時をかける少女を世に送り出した細田監督が“待ってる”のは、次なる少女からの挑戦なのかも知れない。
作品データ - Film Data
- 【キャスト(声の出演)】仲里依紗/石田卓也/板倉光隆/垣内彩未/谷村美月/関戸優希/桂歌若/安藤みどり/立木文彦/山本圭子/横張しほり/松岡そのか/反田孝幸/松田洋治/中村正/原沙知絵
- 【監督】細田守
- 【製作総指揮】角川歴彦
- 【製作】井上伸一郎/江川信也/川島晴男/川﨑代治/森本義久/榊俊人
- 【原作】筒井康隆『時をかける少女』(角川文庫刊)
- 【企画】丸山正雄
- 【製作統括】安田猛
- 【プロデューサー】渡邊隆史/齋藤優一郎
- 【脚本】奥寺佐渡子
- 【キャラクターデザイン】貞本義行
- 【作画監督】青山浩行/久保田誓/石浜真史
- 【美術】山本二三
- 【色彩設計】鎌田千賀子
- 【撮影】冨田佳宏
- 【CG】ハヤシヒロミ
- 【編集】西山茂
- 【音響効果】倉橋静男
- 【録音】小原吉男
- 【音楽】吉田潔
- 【ピアノ演奏】美野春樹
- 【主題歌】『ガーネット』 [歌/作詞/作曲]奥華子 [編曲]佐藤準
- 【挿入歌】『変わらないもの』 [歌/作詞/作曲]奥華子 [編曲]佐藤準
- 【オリジナルサウンドトラック】ポニーキャニオン
- 【製作】角川書店
- 【アニメーション制作】マッドハウス
- 【配給】角川ヘラルド映画株式会社
- 【著作】「時をかける少女」製作委員会2006
- 【日本公開】2006年
- 【製作年】2006年
- 【製作国】日本
- 【上映時間】98分
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はじめまして、那伽扉申します。
TBありがとうございます。
的確な考察ですね。思わずウンウン頷いてしまいました。
これじゃ私の次元の低い感想文はまるで晒し者じゃないですか(笑)
ありがとうございました。また、立ち寄らせていただきます。
那伽扉でした。
投稿情報: 那伽扉 | 2006年9 月16日 (土曜日) 21:16
>那伽扉さん
初めまして。コメントありがとうございます。
晒し者だなんてつもりで載せてないですよっ(汗;;;
どうも私と同世代の方とお見受けして、その率直な感想を他の方にも読んでいただきたいと思ったので紹介させていただいた次第です。
ホントは自分も、那伽扉さんのとこみたいに、感動をそのまま文章にして伝えたいと思ったのですが、なかなかうまくいかないですね。なんだか御託を並べただけになってしまいました。
投稿情報: かみぃ@管理人 | 2006年9 月16日 (土曜日) 23:38
かみぃさん、こんばんは。
コメント&TBありがとうございます。
いい青春映画でした。
青春をへんに斜にかまえて見たりせず、青臭くても素直に描いている感じが多くの人の支持を受けた理由かもしれませんね。
投稿情報: はらやん | 2006年9 月30日 (土曜日) 19:29
>はらやんさん
いい意味で癖のない、爽やかな作品に仕上がってていますね。
こういう青春映画はきちんと作りさえすれば誰にだって受け入れられるっていう好例だと思います。
投稿情報: かみぃ@管理人 | 2006年10 月 1日 (日曜日) 00:45