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2010年2 月12日 (金曜日)

【コラム】『マイマイ新子と千年の魔法』クララは走り、貴伊子は夜歩く

 片渕監督が、映画『マイマイ新子と千年の魔法』の貴伊子に、名作テレビアニメ『アルプスの少女ハイジ』(1974年)のクララの走る姿を求めていたことは有名な話なんだが、別のところでもハイジを思い起こした。
 (以降、ややネタバレぎみです)

 東京から来た転校生・貴伊子は早くに亡くした母の記憶を、アルバムの写真を通してたぐろうとする。
 寝付けない貴伊子がリビングで母親のアルバムを開き、写真の中の母のポーズをまねる姿はそれだけでも健気だが、その場面の直前、貴伊子の部屋からリビングに続く階段の真ん中に、彼女の被っていたナイトキャップがポツンと落ちているカットが挿入される。
 このナイトキャップがどのようにそこに置かれたのかは映画の中で描かれないが、普段の貴伊子の振る舞いを考えるに乱雑に投げ捨てたとは考えにくい。おそらくは無意識のうちにそこに脱ぎ捨てたのであろう。

 この場面に『アルプスの少女ハイジ』の、アルプスの大自然を離れ、クララの暮らす都会のフランクフルトに移り住んだハイジが、ホームシックから夢遊病を患って幽霊騒動を起こしたエピソードを思い出した。

 はっきりと描写されないが、状況的に貴伊子がホームシックにかかっていたことは想像に難くない。
 貴伊子が新子に教わった千年前の少女(諾子)に思いをはせ、「どんな女の子だったか思い浮かばない」という思いを、自分の記憶にない母親にダブらせただけのように見えるアルバムのシーンは、たった1枚、ナイトキャップが落ちた階段のカットが挿入されることで、千年前の少女を考えることで寂しさを紛らわしていた貴伊子が無意識のままベッドを出、気がつくと母親の思い出が詰まったリビングの棚の前に立っていたのではないかという、暗に夢遊病をほのめかすシーンとなった。
 映像的にも貴伊子が階段を下りる過程は省略され、いきなり彼女がなにやらポーズをとっていて、観客はなにごとかと思わされる。それは単に映画の尺の問題というだけでなく、貴伊子の実感を観客に追体験させているとも考えられよう。

 新子は、貴伊子の「ひづる先生には幸せになって欲しい」という言葉から、彼女の孤独を見抜いて、「ほら」と手を差し出す。
 それは冒頭の、教室で冷やかされる貴伊子を見つめる新子にも共通する。
 新子のマイマイ(つむじ)は空想の発信源なだけでなく、そんな孤独を嗅ぎ取るアンテナでもあるのだ。
 孤独の象徴である千年の時を越えてやって来た「赤いの…」に最初に気づくのが新子なのも偶然ではあるまい。

 この映画が観客を翻弄し、難解に感じられるのは、最終的にドラマチックな変貌を遂げるのが主人公・新子ではなく、彼女と関わった孤独な少年・少女であることにも原因がある。
 新子から受ける能動的な印象とは裏腹に、彼女は映画的に傍観者の立ち位置で、貴伊子やタツヨシに影響を与える触媒、あるいは彼女らの変貌を見届ける後ろ盾の役割を担わされていると考えた方がわかりやすい。
 それは一見、新子を見守る小太郎おじいちゃんの役割のようだが、それが新子に取って代わることもまた、この映画のテーマを表している。

 「赤いの…」に最初に気づくのも、ナデシコの花びらを受け止めるのも、新子の並外れた感受性の成せる技だ。
 母親の面影を追う貴伊子が新子のマイマイに憧れ、ついにはそれを実現したことは、そんな感性はどんな子どもにも秘められていることを示す。
 そしてこの映画は、観客にもそんな感性が残っているかと問いただす。

 ひらひらと舞い落ちる花びらから「諦めちゃだめだよ、新子ちゃん」との声が聞こえるか。
 その、距離も時間も超えた隔たり、断片的に描かれるエピソードの“行間”を埋める作業は観客にゆだねられる。

 しかしそれはそんなに難しいことではないはず。
 差し出された手に「うん」と答えられるくらいの歩み寄りと、差し出された人形に「ぐさっ、ぐさっ」と応えられるくらいの童心があればいいのだから。

 ただ、映画の解釈に正解はない。
 だから、「どんな女の子だったか思い浮かばない」貴伊子が、苛立ちの余り「やってらんねぇ!」とナイトキャップを殴り捨てながらドカドカと階段を下りる姿を思い浮かべてもいいんだけどさ。

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