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2010年2 月14日 (日曜日)

【コラム】『マイマイ新子と千年の魔法』こどものせかい~不屈の負けない三段活用

 今日から横浜ニューテアトルでの『マイマイ新子と千年の魔法』公開が始まった。
 首都圏ではまだラピュタ阿佐ヶ谷でも上映しているし、レイトショーのラピュタと違って夕方の時間帯ゆえ、仕事帰りのサラリーマンが遠方から駆けつけて観るというのも難しいでしょうから、ラピュタのような連日満席とはいかないんじゃないかと思う。
 けど、そんな悪条件に負けることなく、広がり始めた再上映の勢いを衰えさせないためにも頑張って欲しいと思う。

 横浜近隣の方々、ぜひこの機会に観てあげてください。
 ひょっとしたらお気に召さないかもしれない。こうして評判が高まっているがゆえに、期待しすぎで肩すかしを食らうかもしれない。でも一度は観ておいて欲しい映画なんです。「イイ映画だから」、ただそれだけを理由に観て欲しい。
 ほんとは2度、3度と観て初めて気づく発見とかもあるんだけれど、まずは最初の一歩。

 昨日また、ラピュタ阿佐ヶ谷の上映を観に行ってきました。
 昨晩は上映後、映画祭のために渡仏中の片渕監督に代わって、マッドハウス代表取締役でこの映画のエグゼクティブプロデューサー・丸田順悟氏の舞台挨拶がありました。
 丸田氏が“日本版「赤毛のアン」”というキャッチコピーに惹かれて手にしたこの映画の原作『マイマイ新子』(高樹のぶ子著)を、丸田氏自身が山口県出身ゆえにより気に入って映画化を企画したという話や、片渕監督は即決でこの仕事を受けたわけでなく、一度は保留された話など、なかなか興味深いものでした。

 中でも印象に残ったのは、丸田氏のお母様がこの映画を観て、クライマックスの天の川煌めく満天の星空、乱舞するホタルの様を、まさに自身が見た世界そのものだといって気に入られたという話。
 司会の山本氏は東京育ちだそうで、あの星は多すぎじゃないかというようなことをおっしゃっていましたが、隣県の広島に生まれ育った自分にとっても、この映画のあの夜空は幼い頃の記憶を蘇らせるものでした。思い出が美化されている可能性は否定できませんが、記憶の奥底に眠っていた心象風景を呼び起こしたあの星々にまた涙するわけです。

 原風景、原体験が蘇る、ただそれだけのことに泣けてしまう。この映画はそんな不思議を体験させてくれる映画。
 この映画の中の、新子や貴伊子たちの経験は、必ずしも自分の幼少期と同一ではない。ましてや諾子(なぎこ)や千古の暮らす千年前の平安時代は明らかに自分が体験のしたことのない社会。
 しかし、彼女らの言動、仕草やものの考え方は、多くの人が共感できる“こどものせかい”なのです。

 この映画がありがちなノスタルジー映画と一線を画すのは、懐かしい昔の風景をただ再現しただけでなく、子ども時代の自分の心、思考回路をも呼び起こすことにある。
 他愛もないことに夢中になり、些細なことに不安になり、なにげない大人の理不尽に憤る。
 この映画の中の新子や貴伊子らの仕草をじっくりと観察してみるといい。綿密な時代考証を重ねて忠実に再現された防府や国衙(こくが)の街並みと同じように、子どもたちの仕草がそれは丹念に描かれている。

 貴伊子の部屋を初めて訪れた新子が、沈黙の中で居心地悪そうに身体を揺する。「クマっちゅうんじゃ」、つぶやかれたその一言に、気まずさをなんとかしたいという気持ちが見て取れる。
 シゲルが「新子か、たいへんじゃあ」と、ぼそっと告げるその言葉に、騒ぎ立てることすらできない、ことの重大さが伺える。
 貴伊子は靴を履いたまま水の中に立ちつくしている。描かれない“それ”に出くわした場面を想像すると、彼女がいかに必死だったかわかろうものだ。
 その後の新子の提案に、シゲルはそうだそうだと頷いている。皆を引き連れようと力強く歩み出す新子は、貴伊子の顔色を気に掛けている。

 ことさら強調されずに描かれるそういった細かい仕草に、子どもの頃に感じた“気持ち”を見つける。そしていったん思い当たってしまったが最後、あそこにもここにもあの頃の自分の面影が見つかる。
 その過程で子どもの頃の思考回路が呼び起こされ、新子らの行動を眺めていたつもりが、いつのまにか“あの頃の自分”を見つめ直している。

 ただそれは、“童心に帰る”ともちょっと違う感覚。
 二つの時代が併行して描かれるように、子どもの頃の心と、それを見つめる今の自分とがともにそこにある。

 それはクライマックスにより強く表れる。
 大人の世界に乗り込んでいく新子の行動は、子どもの視点で共感できる。けど一方で、乗り込まれた大人の側の気持ちも理解できる。
 そこにあるのは、子どもは純粋で大人は汚いという単純な図式ではない。
 「やっと会える」と喜び勇む諾子が千古の家を見たとき、その表情の裏で何を思ったか。
 訪れた諾子に千古の母親がとった行動の意味を理解するには大人の視点が必要になる。

 この映画は観客にただ「童心に帰れ」とは言わない。童心を思い出させはするが、それは誰しも持っている宝物だと諭すだけ。
 この映画が“大人のための児童映画”だと言わしめるゆえんだ。

 念のため付け加えるが、それは子どもには理解できない映画という意味ではない。
 大人と子どもでは見え方が違うというだけ。世の中がそうであるように。

 何度も何度も観て、その度に泣かされるこの『マイマイ新子と千年の魔法』、昨日こそはついに最後まで涙を流さずに観られそうだった。
 初見では号泣ポイントだったバー・カリフォルニアも鬼やらいもクリアして、ああ、やっと最後まで平静を装って観られたと思った矢先、満天の星空のものでの「新子ちゃんのここには」にやられた。

 ったく、雀の涙ほどの価値もない俺の涙をどれほど搾り取れば気が済むんだ、この娘たちは。
 こういうのを悪女って言うんかね?

 こちらとしてはいつまでたっても負けっぱなしで悔しいが、遊ぶことにかけては彼女らは本当に強い。
 その強さにあやかって、映画『マイマイ新子と千年の魔法』も再上映の快進撃を続けて欲しい。
 マイマイ新子・不屈の負けない三段活用「負けるか、負けんよ、負けるもんかいね」を旗印に。

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コメント (2)

>子どもの頃の心と、それを見つめる今の自分とがともにそこにある。

同じことを感じたような気がします。
あの頃の自分に、「思いっきり遊んだか?」って聞きたくなる。

本来は、大人の自分に対する問いなんですけどね(^^;

◆silver_copperさん
そう、そんな感じでした。
もっと遊んどけばよかったとか、あのときこうしとけばよかったとか。
もう取り返すことのできない時間を顧みながら、今ある自分を問いただす。
今をしっかり生きよう、って言うと大げさだけど、時間の積み重ねを実感させる映画なんですよね。

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