【コラム】『マイマイ新子と千年の魔法』暇衆の憂鬱~言葉の壁を越えて
久しぶりの仕事の休みに(旧)『マイマイ新子と千年の魔法』上映館リストを特設ページに格上げした。
もともと今年に入っていよいよこの傑作アニメーション映画『マイマイ新子と千年の魔法』を観られる映画館が無くなっていくという危惧から、観られる地域の人に見逃して欲しくなくて始めた上映スケジュール調査だったんだけど、嬉しい誤算で2月に入っても新たな公開予定が相次いで、一記事のページで更新を繰り返すのは苦しくなってきたので、ページをリニューアルしたってわけ。
そこであらためて眺めてみると、続映を繰り返した首都圏での現在唯一の上映館・ラピュタ阿佐ヶ谷での公開もとうとうあと8日間で終わることに気がついた。(※2010/02/06 13:42追記:ラピュタ阿佐ヶ谷での上映が2月19日(金)まで延長されました。横浜&渋谷でも近日中に公開されることが発表されました。参照:上映館リスト)
60席ほどしかない小劇場ゆえ、残りの上映がすべて満席だったとしても、60席×8日間=480人、仮にそのうち半分がリピーターだとすると、なんとあと240人ほどしか新規の観客を発掘できない。
話題作なら出来の如何に関わらずたった1回の上映でこの人数を軽く超えるというのに、どうしてこれほどの名作がこんなに冷遇されなくてはならないのかと憤る現実。
実際に観た人が絶賛しながらもその良さを言葉で説明できないと言われがちなこの映画、かつてその理由を考察してみたりしたが、そもそも未見の人には非常にとっつきにく映画であることも否めない。
それはジブリでもピクサーでもないアニメってだけで一般の映画好きには相手にされない、アニメであることを抜きにしても主人公が小学3年生ってだけでお子様向け専用と勘違いされるといった要因があるだろう。
またもうひとつ大きな要因として、山口県防府市のご当地映画とアピールされ、セリフも徹底してリアルな山口弁を貫いていることも、この地に縁も思い入れも無い人にとってはマイナスに働いてしまっていると考えられる。
しかし、この方言によるセリフ、確かに馴染みがない人には聞き取りづらいかもしれないが、この方言を知らない人を門前払いするような映画ではない。
だいたい主人公・新子は小学生なので難しい言葉遣いをするわけではないし、もう一人の主人公・貴伊子は東京からやって来た少女なので、こちらは標準語で、言葉の壁を感じることなく二人の掛け合いを微笑ましく見守ることができるのだ。
矛盾しているようだが、一方でこの徹底した方言の使用は、意図的に“わかりにくくした”演出のようにも思える。
それはこの映画の冒頭、新子のナレーションがわざと途切れ途切れに語られることにも伺える。
新子「どんな?大丈夫?修繕できるかねぇ(できるかなぁ)」
小太郎おじいちゃん(以降、小太郎)「うーん」
“緑のコジロー”が走る。
新子ナレーション(以降、ナレーション)「春になると“緑のコジロー”がうるさぁ(うるさい)。緑のコジローは去年の夏、」
小太郎「そら、できたでよ(できたぞ)。乗ってみぃ(乗ってごらん)」
新子「うん」
ナレーション「去年の夏、おじいちゃんが作ってくれちゃった(作ってくれた)、この藤づるのハンモックから落ちたとき、」
ここでハンモックから落ちる新子のインサート
新子「うわぁ、あっ」
ナレーション「川の中で思いついた」
水面を走り抜ける“緑のコジロー”。
ナレーション「うちが考えたもんじゃから(私が考えたものだから)、うちにしか見えん(私にしか見えない)」
小太郎「新子」
新子「ん?」
小太郎「どげん思うか(どう思うか)」
新子「え?」
小太郎「川っちゅうもんはのぉ(川というものは)、あげぇに(あんな風に)、にわかにぃ(途端に)、直角に曲がって流れるもんじゃ無い。ありゃあ(あれは)、なしてかのぉ(どうしてかな)」
新子「じゃけど(だけど)、ずっーと前から、そうなんじゃろ(そうなんでしょ)」
小太郎「どれぐれぇ前からじゃと(どのくらい前からだと)思うか」
新子「うーん」
ナレーション「おじいちゃんは昔、学校の先生をしおった(されていた)」
小太郎「新子、そりゃのぉ(それはな)、千年の昔にまでさかのぼる」
新子「千年!?」
小太郎「ただぁ、なんもない、広いぇ麦畑が横たわっちょる(横たわっている)だけみてぇに(みたいに)見えるこの土地にのぉ、(咳)千年の昔、(咳)」
ナレーション「おいじちゃんの喘息が始まると、ちょっと大変になる。じゃけど(だけど)、面白いことは、みーんなおじいちゃんが教えてくれる」
ここで山口弁を知らない人が勘違いしやすいとしたら、「(作ってくれ)ちゃった」は「(作られて)しまった」という残念な感じを含む語尾ではなく、「(作って)くれた」、場面によっては「(作って)くださった」という、どちらかというと丁寧語であることか。
同じような意味で「しおった」も「やらかした」ではなく「されていた」といったニュアンスになる。
この冒頭のシーンで注目したいのは、そんな方言の聞き取りより、時間が同時進行するこの映画の特徴が垣間見えること。
新子と小太郎おじいちゃんの会話と同時進行に新子の想像力の片鱗“緑のコジロー”が挟まれ、そこから派生する観客に向けた新子のナレーションはぶった切られながら語られる。さらにおじいちゃんのセリフですら喘息によって途切れる。
観客は方言の意味を理解しようとする以前に、このいくつもの同時進行、言葉の分断を頭の中で整理しながら観なくてはならない。
この冒頭は「ただの子ども向けアニメ」を観ているつもりだった観客が、一気に集中力を強いられる演出となっており、方言もその集中力を強いる演出の延長であると考えれば、あえてわかりにくい方言でしゃべらせたという理解もできる。
補足すると、この映画の原作である小説版『マイマイ新子』(高樹のぶ子著)でのセリフは、映画版に比べると遥かに山口弁の使用が控えられて、読みやすい。映画の中の山口弁が理解できなくてわからなかったという人には一読をお薦めするが、つまりは、片渕監督はリアリティの追求とわかりやすさを秤に掛け、積極的にわかりやすさを捨てたのだ。
しかしそれと引き替えに監督は、新子と貴伊子のラストシーンにイキなセリフのやりとりを与えた。
エンディングがその言葉、あるいはその語感によって味わい深い余韻を残すのは、徹底した山口弁の使用があってこその賜物だ。
ある程度山口弁を理解できる自分でも、原作を読んで初めてわかった言葉がいくつかあった。
そのひとつが新子がチョコレートボンボンの味として例える「ひまし油」。恥ずかしながら自分はてっきり「暇衆(ひましゅう)」だとずっと思い込んでました。
会話の文脈的にはまったく意味不明なのだが、そのセリフ後、新子の妹・光子がさらにぶっ飛んだセリフを吐くので、それも含めて子どもの思考が飛躍する一端だと想像して勝手に納得していた。
会話の斜め上に飛躍していたのは自分の方だったわけですが、言葉の意味を取り違えてしまって、会話も意味不明であるにもかかわらず、それでも映画としての意味合いとしては合点がいってしまうという、恐ろしいほど強靱な自己治癒能力を備えた懐の深い映画であることに驚かされる。
セリフのわかりにくさは方言だけではない。
メインの舞台となっている昭和30年と同時に描かれる千年前の平安時代でのセリフも古文の教科書で読んだような当時の言葉で話される。
正直言って理系育ちの自分にはこちらの方が山口弁より遥かに難解だった。というか、ほとんど単語としては理解できていないと思う。
「方相氏(ほうそうし)」も「鬼やらい」もその単語を耳にするだけではちんぷんかんぷんだし、現代でも使うのかもしれないが「築地(ついじ)の上土(あげつち)」って言葉も知らなかった。
それでもそんな意味不明な言葉が飛び交う場面で号泣させられるのだから、この映画の良さを言葉で説明できるわけがない。
思えばこの映画の鍵となる新子と貴伊子が友情を育む過程は、沈黙の時間に始まって、「ザワザワザワーっと」、「トンテンカン、トンテンカン」、(これもずっと「ざぶーん」と思っていたが)「ざぷーん、ざぷーん」、「きゃはは、あはは」と笑う声など、やたらと擬音が印象深く、笑う門には福来たるを地でいくような、言語を越えて関係性を築いていく。
逆に、新子が気持ちを文字にして貴伊子に宛てた手紙は「どういう意味だかわかんないよ」と言われてしまい、思いは言葉では伝わらないという真理が描かれているようで意味深だ。
「なんめぇだぁ、なんめぇだぁ」のお経はもとより、意味のあるセリフにしても「キーコ、キーコ」、「どうしよう、どうしよう」と繰り返しが顕著で、結果的にこの映画で交わされる山口弁や昔の言葉は、その意味を越えて、BGMを奏でるかのようにその響きで映画を彩る。
きっとこの映画のBGMが意味を持たない言葉の音楽、スキャットによって牽引されるのも偶然ではないのだろう。
これらのことからもわかるように、この映画『マイマイ新子と千年の魔法』、その中で話される少々難解な言葉が理解できたかどうかなんて実は大した問題ではなく、まさに絵の力、音楽の力、それらを束ねた動画の力で魅了される映画なのだ。
この映画が淡々とした展開の一方、脈略もなく急転直下の場面転換をすることなどから、“起承転結”や“序破急”に集約される一般的な映画文法から外れていることは映画をよく観ている人ほど感じる点であろうし、そこが評論的に賛否両論ならざるを得ないのは理解するが、この、動画によって語ってしまう、観客の心をつかんでしまう、映画ならではの力は、マイマイ調、マイマイ語とも呼ぶべき新たな表現、動画言語を発明した革命的映画という気がしてならない。
しかもこれは後から誰かがまねできるような代物ではない、狙って作れる映画でない、“映画の神様”が微笑んで初めて実現できた貴重な存在で、その価値は正しく評価されるべきだと思う。
こんな画期的な映画の鑑賞機会が失われていくとは哀しいではないか。
だからこそ、その気持ちを言葉に代えて奏でよう、「観たい、観たい、観たい」と。
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