【コラム】『マイマイ新子と千年の魔法』に見るリアリティ論~実写に憧れたアニメ
アニメーション映画というのは、月に何度も劇場に足を運ぶような映画ファンといえどもなかなか敷居が高い。せいぜいスタジオジブリ、ディズニー・ピクサー系の作品をチェックするのが関の山だろう。
そういう自分も、アニメ版『時をかける少女』(2006年、細田守監督)に衝撃を受けて以降、アニメ映画も分け隔てなく注意を払うようになったとはいえ、正直に白状すれば、『ドラえもん』『名探偵コナン』といった子ども向けテレビアニメの劇場版や、いわゆる“萌えキャラ”が前面に出てくるような作品だと、どうしても腰が重くなる。
翻って『マイマイ新子と千年の魔法』を客観的に考えれば、やはり「“世界名作劇場”を彷彿とさせる子ども向けアニメ」風であり、大の大人の映画ファンが、他の実写映画を差し置いて観ようという気にはとうていなるまい。
しかし、“映画”を観たいのであれば、実写とアニメで線引きをする必要はあるのだろうか。
今、「実際にあるものをそのまま撮る」ものだった実写映画は、コンピューターグラフィックス(CG)の介入によってそのありようが大きく変わりつつある。
CG技術の進歩は実写とアニメの垣根を様々な形で取っぱらおうとしているのだ。
実写映画『アバター』(2009年、ジェームズ・キャメロン監督)はその大半のシーンがCGによって“描かれた”映像だろう。その映像は実写と見紛うほどの美しさだが、その実、“CGアニメ”と呼んでいいぐらいの比率でCGに頼っているはずだ。
また、日本でも『ヤッターマン』(2009年、三池崇史監督)がふんだんにCGを使って実写映画化されたが、これはそのテイストまでもがアニメっぽさを残して、その上で実写であることの必然性、実写だからこその面白みを追求している。
かたやアニメーション映画の世界はというと、「アニメといえばセル画」という時代はとうに終わり、立体的な絵柄のフルCGアニメは言うに及ばず、古典的な手描きの延長線上にあるアニメでさえ、その制作の大半はコンピュータ上で行われていると聞く。
つまり見た目はどうあれ、今制作されているアニメーションは基本的にCGによって構成され、そのことは実写映画におけるCGの活用と同じように、手描きでは難しかったアニメーション表現の多様性に活かされている。
『マイマイ新子と千年の魔法』でいえば、無数の麦の穂が風にそよぐ様だったり、奥行きのある立体的な地面の移動だったり、夜の闇の微妙なグラデーションによる表現だったりに、その効用が見て取れる。
そんな今どきらしいアニメーション表現の中で面白いと思ったのは、アニメ的な表現にまぎれて「実写への憧れ」のようなものを感じたことだ。
かつて自分はアニメ版『時をかける少女』の映画評の中で、CG技術の進歩により実写での表現の自由度が増す中、アニメーションである必然性とは「実写化不可能な被写体など無くなりつつある今、アニメーションを必要としているのは、アニメでないと映像化できない素材ではなく、アニメでないと実現できない映像表現なんだ」と述べた。さらに「(アニメ版『時をかける少女』とは)実写の世界に生きるスタッフたちこそが危機感を持たなくてはならないアニメーションからの果たし状」とまで言及した。
確かに『マイマイ新子と千年の魔法』でも、アニメならではの表現を感じる場面はたくさんある。
印象的な、新子が貴伊子に国衙の街の「千年の秘密」を教えながら水路脇を“緑のコジロー”と競争して走っていくところなど、アニメーションの面目躍如たる名シーンで、「負けんよ」のセリフとともに個人的にも大好きなシーンだ。
この、水路を“緑のコジロー”が走り抜けて波紋が広がる様を水中から捉え、その向こうに人物を配置、さらに併走していく構図など、普通の実写ではまず不可能。
理屈の上では、CGを駆使すれば同様のカットを作ることは可能なようにも思えるのだが、『カムイ外伝』(2009年、崔洋一監督)におけるCGによる荒波、青すぎる海のシーンなどを思い起こせば、そういった過度の作り込みが返って白々しい結果になることは容易に想像つくだろう。
だがその一方で、洞窟探検のとき、新子たち決死隊の面々が走り逃げる“あおり”のショットや、その後の不安におののく決死隊たちの夕日をバックにした逆光のショットに、意図的にレンズのハレーションが描き込まれている。
またほかにも、強い光に照らされた部分に意図的ににじみ(フレア)が加えられている。夕日に向かって新子と光子がひづる先生を送っていくバックショットや、“明日の約束”をするときの後ろにある木の幹の照り返しに顕著だ。
これらは本来、実際の光源の中をレンズで撮影する実写特有の現象で、通常、特に意図しない限りは実写の撮影では忌み嫌われる。
通常の実写から見れば、フレームの中を白紙の状態から描くアニメーションやCGは、本来そんな厄介者が発生しないで済む、うらやましい優位性のはず。
しかし近年、『スター・トレック』(2009年、J.J.エイブラムス)が顕著だったのだが、CG作品においても意図的にハレーションを作ることによって、より臨場感を出すという手法が見られるようになってきた。
アニメーションではあえてハレーションを描いたり、透過光でフレアを発生させて、輝き・煌めきを表現する技法自体は昔からあったが、『マイマイ新子と千年の魔法』でのその表現は、『スター・トレック』で見たそれに近い、臨場感を感じた。
考えてみるとこれは不思議な演出で、“映画”であることのリアリティを出すために、作り物としての弱点のはずの、レンズの存在を意図的に意識させているのである。
そういう意味では、新子と貴伊子が仲良くなっていく過程の、麦畑を戯れながらともに走る場面も“カメラ”の存在を感じさせる。
あのシーンを実写の撮影に置き換えると、麦畑にレールを敷き、移動車に乗ったカメラが、戯れる二人を横移動で追いかけている。
ここでのアニメーションは、その“実写としての撮影方法”を忠実に再現している。というのも、意図したように描けるアニメーションなら確実に二人をフレーム内に収めることができるのに、あえてカメラが二人の動きに追いつかないところまで再現して、より躍動感を高めているのだ。
これらのことは、一見アニメーションならではの自由度を放棄しているようにも見える。
そこに「実写への憧れ」を感じるのだ。
『マイマイ新子と千年の魔法』を特徴づけていることのひとつに、度重なるロケハンや綿密な時代考証に基づく防府の街並み、平安時代の国衙の忠実な再現がある。
いくらでも“らしく”描くことができるであろうアニメーションで、徹底的な下調べにこだわったのは、片渕監督が「アニメーションの限界」を知っているからだ。
あるがままを写し撮ることになる実写の映画撮影においては、美術さんが用意した小道具などを必要なところに配置する一方で、もう一つ大事なことがある。それは「必要ないものを隠す」という作業だ。
一からすべてを描くアニメーションでは基本的にありえない作業だが、逆にここにアニメーションの限界が隠れている。
一からすべてを描くということは、すなわち「すべてを描かなくてはならない」ということであり、そしてそれは「作り手が思いつかないことは描けない」ことを意味する。
考古学者の発掘シーンは、実際のロケハンでたまたまそういう場面に出くわしたから映画の中に採り入れたそうだ。
もしこの作品で地元へのロケハンが行われていなかったら、映画の中にそんなシーンは無かったかもしれない。であれば、平安時代の人々がさらに太古の人々の残した遺跡を掘り起こして時の流れに思いをはせる重要なシーンも生まれなかっただろう。
ロケハンしたからこその偶然の出会いが、作品に新たな魅力を授けた。それは“映画の神様”からのご褒美だ。
実写の限界を超えるために、CG技術がもたらした功績は計り知れない。
アニメーションの独壇場だった自由な可能性を手に入れた。
一方アニメーションは、その自由さゆえの限界の突破口を、“リアル”の中に求める。
ときに技術的拘束の再現、ときに現実の事象、そして偶然の出会い。
もはや“映画”であることにおいて、実写とアニメーションの間に垣根は感じられない。
混沌としているからこそ、実写は実写らしさ、アニメはアニメならではの表現で勝負する。
今はそういう時代なのだ、と思いませんか?
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私もアニメはタイトルや内容より作家に釣られることが多いです。
それはそれで作品の見方としてどうかとは思いますが。
ただ、私でもさすがに「ドラえもん」はほとんどノーマークですが、実は「ドラえもん」映画にもすごい作家がいるんです。
渡辺歩という監督です。名前くらいは覚えておいても損はないと思います。
「ドラえもん」本編はSF冒険モノですが、併映でおそらく親向けの「感動中編」とも呼ばれる作品が作られていたことがあり、そこで力を発揮した監督です。感動系の原作を丁寧かつキレのある演出で、驚くほど「映画」になってます。タイトルはこのあたり。「帰ってきたドラえもん」「のび太の結婚前夜」「おばあちゃんの思い出」「がんばれ!ジャイアン!」「ぼくの生まれた日」
今は本編の方も監督してるようですが(未見)、興収30億でも、映画ファンからも
アニメファンからもスルーされて埋もれてるってのもすごい話だと思います。
「ドラえもん」を作ってるシンエイ動画は原恵一も出身で「河童のクゥ」もここで製作されてます。「涼宮ハルヒ」の京都アニメーションもここの下請けをやってました。意外に侮れない会社です。
「鉄コン筋クリート」もレビューされてるようですね。
私も原作者には興味なかったのですが作画監督が浦谷千恵さんって事で、この映画は見ました。上のマイマイ新子バナーも描いてる方、片渕監督の奥様ですね。
投稿情報: zapo | 2010年2 月20日 (土曜日) 03:55
◆zapoさん
映画を観るきっかけは人それぞれですから、役者さんに釣られて観ることもあるでしょうし、主題歌に釣られてみることだってあると思います。
その中では、作家で観るというのは映画の見方としては王道だと思いますよ。
渡辺歩監督のお名前は記憶になかったですが、渡辺監督が演出されたリメイク版『ドラえもん のび太の恐竜2006』がなかなかいいという評判は耳にしていました。
『河童のクゥと夏休み』で原恵一監督を知り、後になって、噂で聞いていた名作『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』の監督だと知りました。
ドラえもんにしてもクレヨンしんちゃんにしても、なかなかそこまでリアルタイムにチェックするのは難しいんですが、子ども向けアニメだからといって侮れない好例ですね。
投稿情報: かみぃ | 2010年2 月21日 (日曜日) 01:03