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2010年6 月24日 (木曜日)

【映画評】いばらの王-King of Thorn- (2010)

いばらの王-King of Thorn-
(C) YUJI IWAHARA/PUBLISHED BY ENTERBRAIN, INC./Team IBARA

人体が石化する奇病が蔓延する近未来、治療法確立を待つためにコールドスリープした患者たちが目覚めた先に待っていた悪夢の世界。

【満足度:★★★☆】 (鑑賞日:2010/06/22)

 王道のサスペンス・アクションと見せかけて、実はファンタジーな“物語”をSFの技法で解体する野心作。
 一筋縄でいかないからこそ、見応えは抜群。

 2012年12月12日、ニューヨークの真ん中で女が投身自殺を図る。彼女の身体は石化していて、粉々に砕け散った。
 この一件で表沙汰になった奇病、後天性細胞硬化症候群(A.C.I.S)、通称“メドゥーサ”。感染すると60日以内に全身の細胞が石化、致死率100%の絶望的な病気。その治療法はおろか、原因も不明。
 メドゥーサの蔓延で世界が混乱する中、大手化学メーカー、ヴィナスゲイト社のヴェガCEO(声:磯部勉)は、自社の開発したコールドスリープ(冷凍睡眠)技術でメドゥーサ感染患者を治療法が確立するまで眠らせる案を発表する。その募集人数は160名。
 2015年10月13日、抽選によって選ばれた160人はスコットランドの古城の中に作られたコールドスリープカプセルセンターに集まっていた。
 その中には抽選に当選した日本人少女カスミ・イシキ(声:花澤香菜)と、その付添人として彼女の一卵性双生児の姉シズク・イシキ(声:仙台エリ)の姿も。シズクもメドゥーサに感染していたが、抽選に外れていた。シズクを置いて行けないと言うカスミを説得して後押しするシズク。
 後ろ髪引かれながらも古城の地下に設けられたコールドスリープカプセルに入ったカスミは、センターの統括管理制御システム・アリス(声:久野美咲)の導きで深い眠りに入る。
 …それからどれほどの月日が経ったのか、カプセルの中で目覚めるカスミ。彼女に続いて続々と目覚める他の患者たち。
 しかし辺りの様相は一変しており、巨大なイバラのツタが覆っていた。そして見たことのない異形のモンスターたちが彼女らを襲う。
 混乱で逃げまどう患者たち。彼らは次々に命を落とし、状況が落ち着いたときに生き残っていたのは、カスミのほか、マルコ(声:森川智之)、ロン(声:乃村健次)、キャサリン(声:大原さやか)、ピーター(三木眞一郎)、ペッチノ(廣田行生)、ティム(矢島晶子)のわずか7人だけ。
 これが地上への脱出サバイバルの始まりだった…。

 露骨にカスミだけが先に目覚めるとは、いきなり主人公特権発動のゆるい演出で始まるなぁと思っていたら、それもちゃんと計算された見事な脚本でした。
 襲い来るモンスターもやけにゲームチックで安っぽい気がしないでもなかったが、これも理にかなっていた。
 そもそもこの映画のキャッチコピーである「願えば奇跡は--必ず。」も、よくある「信じれば叶う」って類の精神論かと思いきや、これも別の意味があった。
 凄いわ、この映画、いろんな意味で。
 原作コミックは未読での鑑賞。2回観ました。

 童話「いばら姫」(別名「眠れる森の美女」)をモチーフに、最近流行の“世界の終末”を描いたパニック・ホラー、閉塞空間からの脱出サバイバル、謎が謎を呼ぶミステリー、と、そんな定番で構成されたノンストップ・アクション映画として申し分のない上等のエンターテイメント映画です、前半は。
 けど、中盤の折り返しから映画は豹変する。
 ほとんど騙し討ちのように前半までの「こういう映画」という観客の思い込み自体を裏切っていく。

 前半の王道的な展開は、中盤でマルコが自身の正体を皆に明かしたところを最後に、明確に終わりを告げる。
 マルコが語る彼の目的は、この手の映画の常道として、観客としては大いに盛り上がることだろう。さあ、これからが本番だ。
 が、しかしその告白に返すキャサリンのセリフが巧い。「映画みたいなことを言わないで」
 そう、これは観客に向けた、「そんな映画じゃないんだよ」っていう、作り手側からの反旗だ。
 そして直後に別の登場人物から語られる、メドゥーサの真相。

 そこで語られるメドゥーサの正体に誰しも驚くだろう。
 一歩間違うと何でもアリになりかねない、魔法のような設定。“期待通り”の「映画みたいなこと」からは予想できない斜め上への急展開。
 だが、しかしこの映画の舞台装置が出揃うのは、この真相が語られてから。

 映画は童話「いばら姫」に沿って進行する。
 モンスターとの戦闘はRPGゲームになぞらえて語られる。
 病気の「メドゥーサ」や会社名「ヴィナス」はギリシャ神話からの引用だろう。
 コールドスリープカプセルはノアの方舟に例えられる。
 制御システム「アリス」は当然「不思議の国のアリス」。
 さらに深読みすれば、ヴィナスゲイト社のヴェガ(Vega)は琴座のベガ、すなわち七夕の織り姫のことであり、いばら姫を眠らせる糸車の針を連想させる。

 表面的にはファンタジー色の強いキーワードがちりばめられているが、実際は超科学的な存在メドゥーサを中心としたSFの世界観であることがここに来て明かされる。
 メドゥーサは『2001年宇宙の旅』(1968年、監督:スタンリー・キューブリック)におけるモノリスと思って間違いない。
 メドゥーサが“できること”は摩訶不思議な魔法のようだが、メドゥーサが果たす成果に着目すれば、人知のおよばない超科学を扱ったSFの王道だ。

 唐突な“超科学的な存在”もそうだし、メドゥーサの説明にユーマ(UMA=Unidentified Mysterious Animal=未確認生物)なんて単語を説明無しに使うなど、前半のわかりやすさに比べて後半は意図的に不親切になっている。
 この急転直下の展開は、予告編から予想される『バイオハザード』(2001年、監督:ポール・W・S・アンダーソン)のようなパニック・アクションや『エイリアン』(1979年、監督:リドリー・スコット)のようなSFホラーを期待した観客には少々荷が重いかも知れない。いや、前半はまさにそんな感じなんだが。
 しかし、先に挙げた『2001年宇宙の旅』のほか、『A.I.』(2001年、監督:スティーヴン・スピルバーグ)、『コンタクト』(1997年、監督:ロバート・ゼメキス)、『ノウイング』(2009年、監督:アレックス・プロヤス)、『トータル・リコール』(1990年、監督:ポール・バーホーベン)といったひと癖あるSF映画を見慣れていれば、後半もさして難しい内容でもない。逆にこの辺りのSFが好きな人には絶好のオススメ作品となる。

 執拗にフラッシュバックされる回想シーンやトラウマという精神世界が翻弄させるため、後半は前半とうって変わって複雑で難解な内容のようにも見えるが、メドゥーサの正体さえ押さえれば、話の大筋は因果関係で説明できる範疇を逸脱していない。
 やたら強調されるトラウマも、話の筋を理解する上では、メドゥーサがアレを発動させるために必要な因子だと思っていればいい。
 正直なところミスリードを誘おうとするせいか、ちょっと無理があるセリフも散見されるのだが、なかなかよく考えられた脚本だと思う。少なくとも何でもアリなご都合主義上等のオカルト映画にはなっていない。

 例えばこの映画の基本“童話「いばら姫」のような異常現象”ですら童話をモチーフにした作り手の遊び心というだけでなく、「冒頭のバスでキャサリンが「いばら姫」を朗読していたから」という説明ができる。
 言い換えると、あそこで彼女が「シンデレラ」を読んでいたならお城はカボチャの馬車のようになっていたかも知れないし、「桃太郎」を読んでいたら桃で溢れかえっていたかも知れないという、理路整然とした因果関係に基づいた“イバラのツタ”なのだ。

 この巧みな脚本は、やや高度なSFの世界観に「虚構と現実」という抽象的なテーマも織り込んでくる。
 「見えているものが真実とは限らない」とばかりに、様々な嘘や間違いが暴露されていく後半。

 夢の中は安全な理想郷だが現実の世界はそうではない。様々な思惑が交錯し、真実を見えにくくする。
 さらにこの映画では童話やゲームの世界の具現化が虚構と現実の境目を曖昧にし、現実が悪夢の様相を成す。
 メドゥーサに取り憑かれ石化する奇病は、「夢ならいいのに」と逃避する、心の硬直化の象徴。
 出たとこ勝負の「やってみなくちゃわからない」というささやかな勇気が過酷な状況を打ち破る。

 ファンタジーである童話「いばら姫」をSFの枠組みに置き換えるこの映画のありようこそが、夢物語の解体を意味する。
 現実世界では、未来に目を向けた「願い」こそが唯一の魔法なのだ。

 ラストに生き残った“彼女”が投げ捨てた偽りの守護神。
 彼女は課せられた宿命を受け入れ、白紙の未来に向けて歩み出す。
 その旅路がいかなるイバラの道であろうとも。

作品データ - Film Data

  • 【キャスト(声の出演)】花澤香菜/森川智之/仙台エリ/大原さやか/矢島晶子/乃村健次/三木眞一郎/廣田行生/川澄綾子/久野美咲/藤田圭宣/磯部勉
  • 【監督】片山一良
  • 【プロデューサー】土屋康昌/木村淳一
  • 【製作】川城和実/内田健二/森好正/椎名保/田村和彦/高田佳夫/毛塚善文
  • 【原作】岩原裕二
  • 【脚本】山口宏/片山一良
  • 【キャラクターデザイン】松原秀典
  • 【モンスターデザイン】安藤賢司
  • 【メカニックデザイン】山根公利
  • 【総作画監督】恩田尚之
  • 【エフェクト作画監督】橋本敬史
  • 【美術監督】中村豪希
  • 【CG監督】中島智成
  • 【色彩設計】中内照美
  • 【撮影監督】佐藤光洋
  • 【編集】掛須秀一
  • 【音楽】佐橋俊彦
  • 【音響監督】鶴岡陽太
  • 【絵コンテ】片山一良/須永司
  • 【演出】遠藤広隆/内田信吾
  • 【製作】バンダイビジュアル/サンライズ/エンターブレイン/角川映画/テレビ東京/電通/ソニーPCL
  • 【アニメーション制作】サンライズ
  • 【配給】角川映画
  • 【日本公開】2010年
  • 【製作年】2010年
  • 【製作国】日本
  • 【上映時間】109分

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